【掲示板】12月の掲示板の言葉

今月の言葉は、ハリーポッターから頂きました。最近見ていないので、また見返したいと、改めて思っております。
「誰もが心に光と闇の両面を持っている。大事なのは、どちらを選ぶかだ。人間はそこで決まる」
覚えていますか?シリウスブラック。

(Harry Potter Wiki より)
そう。あの、ハリーの父親の友人です。イケメンだ。格好良い。。
いろんな裏切りに会いながらも、自らの大切にする思いに忠実に、ハリーやその周りの人を助けました。シリウスを殺したレストレンジに、怒りを覚え、こぶしを握った人は私だけではないはずです。
誰しも、心に、光と闇をもって生きています。
人に見せられる面、人に見せられない面、それらを右往左往しながら、自分と言う存在を成立させています。
それを知ったうえで、どのように生きていくか。
どちらに向かいながら、生きていくかによって、その人が決まっていくというのです。
仏教用語で、「明来闇去」(みょうらいあんこ)」という言葉があります。「明かりが来て、闇が去る」
当たり前と言えば、当たり前のことですが、大切なことが示されています。
暗闇の部屋を想像してください。

中々、最近は、真っ暗を経験できませんね。特に都会だとそうです。なんらかのライトがあるので、想像しにくいかもしれませんが、何も見えないのです。自分すら。その闇を破るのは、光です。
闇が、自分の力で、闇から抜け出ることはできません。
これが、生きとし生けるものの、命の姿に例えられます。自分の煩悩で作る、自分勝手な闇の世界は、自分の思いによって抜けていくことはできないというのです。
しかし、光が入ると話は別です。
光が入った瞬間に、同時に、その闇は消える。これに関する喩えで有名なのが、「千歳の暗室」です。(参照‗本願寺のHP)
「たとへば千歳の闇室に、光もししばらく至れば、すなはち明朗なるがごとし。闇、あに室にあること千歳にして去らじといふことを得んや。」(『往生論註』)
千年間、闇に閉ざされていた部屋に、光が入る時、千年かかって闇がやっと晴れるということはありません。どれほど暗くとも、光が来れば一瞬です。「一瞬」という単位すら野暮なほどに、即刻明るい部屋になります。同時です。
どれほど闇が深くとも、光が来た瞬間には、光に包まれ、闇は去るのです。仏法と言う光に遇えばこそ、我々の闇に、光が差し込む。差し込んだ瞬間に、我々は光に包まれている。seriousでblackな闇であろうと、光は届き包み込むのです。
「明来闇去」(みょうらいあんこ)」とは、それほどの奥深い言葉なのです。
シリウスブラック、恐るべし。名前の由来はもしかして、「明来闇去」ですかね。知らんけど。
【ミズキコーナー】
続いて、上宮寺スペシャルボードアドバイザー、ミズキ氏のコメントを頂きます。
僕が初めて映画館で観たのがハリー・ポッターです。
もうその映画館は建物ごとなくなってしまっていますが、
不思議とあの日のわくわくは今でも覚えています。
映画館に持っていったお菓子まで笑今回の
「誰もが光と闇の両方を持っている。大事なのは、どちらを選ぶのか」この言葉を聞いて大事なのは
闇を選ばない強さ、光を選ぶ勇気
ではないような気がしていて、闇の中で先が見えない日があっても、
ほんの少しだけ光の方を向いてみる。その心の動きこそが
本当に大切なのではないかと思います。子どもの頃、わくわくしたまっすぐな光も
大人になって知った影も、
どちらも大切で、
今の自分を作ってくれています。みなさんも、自分のペースで
少し明るい方へ心を向けてみてください。そして上宮寺にも
ぜひ足を運んでみてください。
僕の大切な人があたたかく
出迎えてくれると思います。


