【読書シリーズ📖】『妙好人』鈴木大拙⑯~浅原才市さんの本領発揮~
前回は、浅原才市さんの詩を拝読しました。
今回は、p53~「2-3_『覚帳』才市の本領」を読んでいきます。
前回も、浅原才市さんの詩を紹介しましたが、今回も、鈴木大拙氏が大事にされる、才市さんの詩が紹介されます。

今回登場するものは、私が個人的に、最も好きな詩でもあるので、とりあげるのが楽しみでした。浄土真宗という教え、阿弥陀如来という仏様に救われることを、普段の言葉でスパッと、語ってくださっていると、私は頂いております。
才市さんの詩は、簡素なノートブック(縦21cm×横18cm程)に書き綴られました。60冊ほどあったと言われますが、戦災で半分は焼け、散失したものもあり、現存するのは8冊だそうです。そしてそのほとんどは、才市さんが、何歳の時に書かれたものかが分かっていません。
これを読んでいる人で、心当たりがある方はぜひご連絡ください。
彼の素朴な表現の中に極めて深遠なものが含まれている。一般にはとても達し得られぬほどのものだ。
このようなものを育て上げた、(浄土)真宗 ―日本における大乘佛教―には、如何なる霊性的直覚の境地が秘められているかを察すべきであろう。
(中略)武力と陰謀で世界を風靡せんとする人々、それから外にのみ走って行動主義に始終せんとする人々、或いはまた理性とか知性とかいって、人間世界には合理性・合目的性の外何もないと考える人々、このような人々の多い時代に、才市の如きものを紹介するのは決して無益ではないと信ずる。
左(下に挙げる詩のこと)は才市が八十歳を超えてからの作と推定せられるが、これは古今の高僧でも到り易からぬ境涯である。
※適宜現代語に改めています。括弧は筆者。
そこで、紹介される詩が以下です。ぜひ声に出して読んでみてください。「才市」の部分は、ご自身の名前に代えてみても良いと思います。
「才市よい、うれしいか、ありがたいか。」
「ありがたいときや、ありがたい、 なつともないときや、なつともない。」
「才市、なつともないときや、どぎあすりや。」
「どがあも、しよをがないよ。なむあみだぶと、どんぐりへんぐりしているよ。今日も来る日もやーいやーい。」
鈴木大拙氏が、「これは古今の高僧でも到り易からぬ境涯である。 」と言われた理由が分かったでしょうか。
すべてを任せていながら、そのすべてが、天地と、とけあっている状態とでも言いましょうか。
「ありがたい」という思いが条件になる教えでもないのです。「なんともない」時には、文字通り、「なんともない」のです。
こちら側の、心持ち次第で救いが決まらないのが、浄土真宗の特徴なのです。
「お前を、必ず救ってみせる。決して見捨てはしない。」と、届き続けているのが、南無阿弥陀仏のお念仏なのです。



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