【読書シリーズ📖】『妙好人』鈴木大拙⑰~今が臨終~
前回も、浅原才市さんの詩を通して、浄土真宗という仏教を味わいました。
今回は、p56~「3-1_念仏生活の1カ月」を読んでいきます。
ここでも、鈴木大拙氏が、たくさんの才市さんの詩を紹介していますので、私が抜粋して、紹介していこうと思います。

・ありがたい、わしの、ご正(後生)を、ひきうけてくださる、なむあみだぶつ。りん十(臨終)まつこと、いまがりん十。これがたのしみ、なむあみだぶつ。
・りん十(臨終)まつこと、めがさかえ(目の開閉)、これがたのしみ、なむあみだぶつ。
・へいぜい(平生)に、りん十(臨終)すんで、そをしき(葬式)すんで、わたしゃ、あなたを、まつばかり。
・りん十まつことなし、いまがりん十、なむあみだぶつ。(「よるのたのしみ」と小さく表記)
・なむあみだぶの、ねいりばな、じゃけんのさいちに、起こされて、しゆ上さいど(衆生済度)がせわしいよ、はやくおきて、もをすべし。
・たりき、あじやう(あじわう)なむあみだぶわ、さいちがよろこぶなむあみだぶは、わたしゃあなたの、をて(お手)のうち。(「十二月二十六日のごめいにちのあじやい」と小さく表記)
・とをりゆのあんじんわ(当流の安心は) ええ(良い)のがでてもそれをよころぶじゃない、またわるいのがでてもそれをくやむ(悔やむ)じゃない。ただあをいでとをとむ(仰いで尊む)ばかり。
・よろこびわとこのなか(床の中)、とこのなかこそみだのなか(弥陀の中)、みだのなかこそなむあみだぶつ。(「かぜひきのよろこび」と小さく表記)
・さいちや、よろこび、あてにするじゃない。へ、へ、あとにのこるわ、しんじつのき。(真実の機)
・せかいにくもきり、あるごとく、わしもあなたのじひにある
・うみのうしを(海の潮)も、さしひき(差し引き)あるよ。わしのこころに、さすしを(差す潮は)、ざんぎ、くわんぎ(慚愧・歓喜)のさしひきのしを。くわんぎのしをわ、さすしおで、ざんぎのしおは、ひきしをで、ざんぎ、くわんぎの、さしひきのしを。これがたのしみ、なむあみだぶつ。
量が多いですが、ピックアップして、載せてみました。
良い文章ですね~。書き写しながら、何度か泣きそうになりました。やはり、声に出すと、なおリズムを味わえます。
全部、ゆっくりと、味わっていきたいところですが、抜粋します。
まずは、「臨終と平生について」
才市さんは、臨終と平生を分けません。普通、生きている今が「平生」、いつか死ぬ時を「臨終」といいます。※本来「臨終」とは、「臨命終時」=命が終わろうとするその時ですが、ここでは一般化している意味合いで用いた。
「今が臨終」この言葉、良いですね~。
皆さん、人はいつ死ぬか知っていますか?
あなたはいつ死にますか?
「今」ですよ!
我々は、今しか経験できないのです。過去も、未来も、今という形においてしか、経験できないのです。その意味では、死ぬのは、今です。
才市さんが言う、「今が臨終」
有難い言葉です。
南無阿弥陀仏の仏様は、第十八願において、「我が国に生まれると思って生きて来いよ」と仰いました。「死んで無になると思えよ」とは言いませんでした。
その意味で、阿弥陀様に救われ、お念仏頂く者は、生きることも死ぬことの問題も、解決した人生を与えられます。
「へいぜい(平生)に、りん十(臨終)すんで、そをしき(葬式)すんで、わたしゃ、あなたを、まつばかり。」
浄土真宗の念仏者は、葬式を先に終えた人生を頂くのです。
先が決まっているという意味です。これを、「後生(ごしょう)の一大事が解決する」と言います。
人生において、最も大切な、命の問題であるからこそ、「一大事」なのですね。
死んでからのお救いではない。今の問題なのだ!と生涯をかけて伝えてくださった稲城選惠和上の動画を乗せておきます。


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