築地本願寺、常例布教のパンフレットに関して📚

築地本願寺では、毎週木曜日~日曜日まで、常例布教を開催しております。仏様のお話の、御聴聞の時間です。

その常例布教を紹介する、パンフレットがあります。8~9月号のパンフレットに、掲載を頂きました。

そして、パンフレットの表紙に載った布教使が、仏教用語を一言紹介しているのです。

「見たよ!」

「映ってたね!」

とお声をかけて頂いたのですが、ほとんどの人が、中に目を通していなかったのが悔しいので、ここで紹介させていただきます。(笑)

「磁石」というタイトルで寄稿させていただきました。これがきっかけで、表紙に映っているホワイトボードに、漢字を書いているのです。

お経典に「磁石」という言葉が登場します。

磁石が昔からあったことに、まず驚きますよね。お経典に従いながら、親鸞聖人が、仏さまのはたらく姿を「磁石のごとし」と例えてくださる箇所があります。分かりやすいように、譬喩を用いて表現したのです。

想像してみてください。「磁石」と「鉄くぎ」があったとします。

磁石の磁場に入れば、その鉄くぎは磁石の方へと吸い寄せられます。そして磁石と一つになり、今度は、さっきまで鉄くぎだった存在が、磁石と同じ働きをもつ存在に変化し、他の鉄くぎを吸い寄せていくのです。

仏さまの大慈悲が、悲しみ迷う全ての命を吸い寄せ、お念仏申し、ご本願を信じる命へと育て上げることに例えているのです。

鉄くぎは自分の意志で動こうとしません。しかし磁石が近づけば「カチッ」と吸い寄せられます。一度磁石のはたらきに包まれたならば、逃げたくても逃げられないのです。

また有難いのが、鉄くぎの姿がどんな状態だろうと、磁石は平等に吸い寄せる点です。「錆びが酷いから後回し」にはならないのです。

我々の心がどんな姿だろうと、どれほどの量の悲しみや涙を抱こうが、決して見捨てない仏さまに重ねて、大事に語り継がれてきました。その引力に吸い寄せられて、我々は初めて仏さまへと心が向くのです。お寺に足が動いたのも、このパンフレットに目が行ったのも、合掌することも、お念仏申すことも、「本願力のお陰であります」と喜んだのが親鸞聖人であり、磁石の譬喩だったのです。

だからこそ、親鸞聖人は、磁石の「磁」の右側、つくりの部分を、「慈」と書く場合があるそうです。磁石はそのまま、慈石なんですね。

御聴聞とは、この磁石のような、仏さまのはたらきを味わっていく時間ではないでしょうか。

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