【読書シリーズ📚】『妙好人』鈴木大拙㊻~有福の善太郎8~
前回も、引き続き、島根の妙好人、善太郎さんを紹介しました。
・「家はどこか」と問われたことに対し、「家は無い。如来の家に置かせてもらっている」と答えた、善太郎さん。
・善太郎さんが不在の時に、訪ねてきた方に対して娘さんが「あなたの後生は明晩まで待たれるのですか?」と返し、共にご法義味わって帰った、そんな娘さんまでいた善太郎さん。
・最愛の牛の臨終のとき、御文章を持ってきて、読み聞かせた善太郎さん。
・住職ではなく、話の苦手な小僧の話も、「末代無智の御文章のようでありがたい」と敬った善太郎さん。
・御文章の言葉、「釈し」を「杓子」と読み、自分が救い取られることを喜んだ善太郎さん。
・「あなたの後を慕いたい」と言った御同行に対して、「私の後はやめておけ。地獄に堕ちるぞ。如来様に助けられなさい」と言った善太郎さん。
今回もまた、この方のエピソードを紹介します。

「善太さんの店の品は高い」と村中でも評判しておった。
それはいつでも買う時の元価が高かったから、自然、小売値段も高くなる訳であった。まず果物のある家や菓子屋へ卸して貰いに行くと、 家人を相手にして半日でも一日でも御法義話をする。いよいよ帰る間際になって、ついに思出したごとく交渉に及ぶ、
値段などは殆ど先方がいうがままにて、さらに問題とせず、そのまま買取ったものだそうだ。全く営利や生活本位の商売でなくて、法悦本位の商売であった。
善太郎さんは商売をしていたようなのです。この文面から見るに、果物でしょうかね。
その仕入れに行った時のこと。
商売をしに来たはずなのに、全く商売の話から始まらない。
相手方と、まずご法義の話をするのだそうです。
ご法義とは、浄土真宗という仏教の話です。
「ありがたいのお」「なんまんだぶつ」と、今この命に至り届くお慈悲を喜ぶところから会話が始まったというのです。
これは、話す方も凄いですが、聞く方も凄いです。
商売の手が止まるのですから。
それほどに、今よりもゆっくりと時間が流れていたということかもしれません。
今の時代、せかせかすること、多いですもんね。
京都、烏丸にある、仏光寺さんの、こんな標語を思い出しました。
ひと月待てた
手紙の返事
メールになって
一週間
LINEになって
一時間?
待てなくなってる
せわしないね
本当にそうであります。
便利になり、早くなるにつれて、我々は、せわしなくなっているのかもしれません。
ゆっくり話したうえで、最後に商売の話になる。
最後になった時には、もう時間も無いからと、相手の言い値で買って帰るから、自然と、善太郎さんのお店での売値が高くなるというのです。
利益第一の考えからすると、ありえない話です。
私も会社員の時に、「経費最小、利益最大」と教えられました。当然です。
しかし、善太郎さんは、その思考を中心には生きていなかったのでしょう。むしろ、もっと大切なことがあるぞ。利益を出して儲けるよりも、今のこの命を味わおう。と、このエピソードが教えてくれているように思います。
「法悦本位」
その通りには真似できないとしても、念頭に置いておきたい感覚であります。



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