【読書シリーズ📚】『妙好人』鈴木大拙㊽~総まとめ~

前回まで、島根の妙好人、善太郎さんを紹介しました。

今回で、総まとめとしたいと思います。

昨年8月から続けてきた連載。約1年にわたって鈴木大拙氏の『妙好人』を読んでまいりました。

お付き合いくださり、ありがとうございました。

雑駁なブログではありますが、少しでも、大拙さんが感じた妙好人への思いや、浄土真宗という仏教の持つ強みを味わってくださったなら幸いです。

禅の大家である鈴木大拙氏が、なぜ妙好人を尊敬し、とりあげたかを最後に改めて、書きたいと思います。

それを知れる、才市の歌があります。

さいちよい

へ、たりきをきかせんかい。

へ、たりき、じりきはありません。

ただいただくばかり。

鈴木大拙氏の語る浄土感を、「自力的だ」と批判する僧侶もいたそうです。(今もいそうですが。)

しかし大拙氏の語りたかった内容は、自力も他力も分けられない場所。人の観念がさしはさまれない場所なのだと思います。

「自力」や「他力」という言葉は、私達人間の産物です。

阿弥陀様の本願や、お念仏に、他力以外ないだろうという腹が、親鸞聖人にもあっただろうと思います。

南無阿弥陀仏が響いていること自体が不思議ですよと、伝えてくれる言葉でもあります。

自力や、はからい、という概念は、我々が勝手に垣根を作っている言葉かもしれません。

響いてくださるお念仏に、頷かせてもらうんだよ。こちらが忘れようともはたらき続ける慈悲があるんだよと、浄土真宗は大切にしますし、才市さんや、鈴木大拙氏も、それをお伝えくださっているのではないでしょうか。

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