【読書シリーズ📚】『妙好人』鈴木大拙㊱~南無阿弥陀仏の本体~

前回は、「親と子」として、才市さんが表現する、親子の関係を確認しました。

今回は、p176~第10章「南無阿弥陀仏の本体」を読んでいきます。

お気づきでしょうか。厚さ2センチはあろうかという鈴木大拙『妙好人』も折り返したと思います。

今日のタイトルにもなっている「南無阿弥陀仏」とは、浄土真宗で最も大切にされる言葉、といっても過言ではないと思います。

言葉であるだけでなく、仏様そのものであるともいわれます。それは、言葉を離れて生きられない我々の中に、言葉の仏として届いてくださるという特徴があるからです。

「をのずから、わきでるぶつわ、弥陀佛の本体

ぶつのなかから、ぶつをもろをた、ぶつのなかから。」

今少しこれを説明的なものにすると、左のごとくに歌われる。

「なむあみだぶとみださまわ、 ひとつもので、ふたつがないよ、 なむあみだぶが、わたくしで、 みださまが、をやさまで、 これがひとつのなむあみだぶつ。

ごをんうれしや、なむあみだぶつ。」

才市の覚帳には同じような意味が幾重にも繰り返されて出て来る。さらに一例を示すと、これである。

「ほどけからほどけもろをて、なむあみだぶつ、なむあみだぶが、わしのほどけよ。」

少し感じて頂けるでしょうか。

阿弥陀仏という仏様と、なもあみだぶのお念仏が、別物ではないことが重ねて述べられています。

私の称えるお念仏、耳に届くお念仏こそが、「あなたを決して見捨てはしない」という仏様のお慈悲そのものだと大切にするのが、浄土真宗であります。

あみだわ、これこれ、ここにをる、

なむとあみだが、なむあみだぶつ。

にょらいさん 、わしゃこがなこと、かきます。

うれしいな。

「これこれここにおる」このリズム感も良いですね~。

またそこに、途絶えることのない才市さんの喜び、味わいの温かさが伝わってくるように思います。

Q 阿弥陀様ってどこにいるのですか?本当にいるのですか?

これこれここにおる。

お念仏申し、聞き、嬉しいな。これが全てでもありましょう。

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