【掲示板📰】4月の掲示板の言葉

4月の掲示板の言葉は、この言葉にしました。

春よ、来い

春の季節が到来しました。

桜が色づき、植物が芽生え、小鳥が春を告げる。

出会いの季節でもあり、別れの季節でもあります。

春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに

愛をくれし 君の なつかしき声がする

春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まる時

夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く

松任谷由実、ユーミンの歌の歌詞を抜粋してみました。

「愛をくれた、夢をくれた、あなたの懐かしい声や、私の肩を抱くそのまなざし」こそ、春なんですね。

ユーミンの歌は知っていたのですが、童謡にも「春よ、来い」があるんですね。

童謡の方は、外で遊びたいという、子供の気持ちの高揚や、咲きたいと膨らんでいる桃の木の描写が登場します。

終わりのような、始まりのような、複雑な感情が入り交じる、季節でもありますね。

親鸞聖人は、「念仏正信偈」の中で、

必至無上浄信 三有生死之雲晴

必ず、無上浄信のに至れば 三有生死の雲晴れる

という言葉を残しています。私はこの言葉が好きなのですが、そのポイントが、「暁」にあります。

暁とは、明るくなる直前の暗い時間のことなのです。まだ真っ暗です。

しかし、「あかつき」は、「明時」(あかとき)の音が変化したもののようで、「暗い」よりも、「明るくなる前」という意味が強かったようです。

夜半から夜の明けるころまでの時刻を「あかつき」「しののめ」「あけぼの」と区分し、「あかつき」は夜の深い時間を指したそうです。

この暗さを、煩悩に喩えているのです。

煩悩のこの迷いは今も続くが、お念仏を申し、仏様の慈悲の心に触れる者は、もう明るくなることが決まっているという譬喩表現なのです。

春の前には冬があるように、これから開いていくような感覚を、この掲示板の言葉に込めました。

「春よ、来い」と、4月に書いても、「もう来てるじゃないか」とツッコミを受けそうな気もしましたが、ここでの「春」とは、ただ季節のことを指しているのではないので、ご容赦ください。


【ミズキコーナー📰】

続いて、上宮寺スペシャルボードアドバイザー、ミズキ氏のコメントを頂きます。

寒さは残っているけど、 どこかあたたかい。

寂しさは残っているけど、 受け取った温もりもある。

春を待ってるんじゃない。 ちゃんと来てほしい理由があるから、 呼んでいる。

春よ、来い。

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